tomoima525's blog

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奥さんの脚を抱えてお産にのぞむ ~ベイエリア出産立ち会い体験記~

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2週間前、娘が産まれた。アメリカは出生主義で、すぐに誕生証明が発行されたので、いまのところ娘は"アメリカ人"だ。日本国籍はこれから手続きをする。出産まで思いもよらずいろいろな出来事があってドラマチックだったので、この経験と感動を書きとどめておきたい。

24時間の陣痛レース

これは噂で聞く限りアメリカ全般がそうらしいのだけど、病院での出産は短期決戦だ。産気づいてから出産して早ければ次の日には退院なんてザラにある。それが出来るのにはわけがあって、無痛分娩が広く普及しているからだ。無痛分娩だと出産時の痛みがないだけでなく、母体へのダメージが小さい。なので信条的、病理的理由がないかぎりは無痛分娩を選択することが多いらしい。ちなみに、無痛分娩の手法にもいくつか種類があるって知ってましたか?メジャーなのは脊髄注射による下半身麻酔(Epidural)だけど、この他麻酔薬点滴や、笑気ガスもあります。

短期決戦、無痛分娩いいじゃないの、という声も聞こえてきそうだけど、それは病院にいるときだけの話。実は入院できるまでが長い。助産師に事前に言われたのは、"5分ごとに1分の陣痛が1時間続いたら連絡して" であった。ここにいたるまではどんなに痛かろうが自宅待機である。奥さんが泣きわめいてもオロオロしてマッサージや骨盤を開く運動の手伝いしかできない。うちの奥さんの場合、10-15分ごとに1分の陣痛が長く続き、そこからほとんど間隔が縮まなかった。奥さんに懇願されて一度病院に電話したものの、"もう少し待って"とあしらわれておしまいだった。

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病院で教えてもらった骨盤を開く体操

陣痛が始まって24時間が経過。睡眠も全く取れてない状態でいよいよ奥さんの体調も悪くなったので、再度状況を説明したところ、ようやく来院の許可が出たので、夜中の3時に車を飛ばして病院へ。このときも"様子だけ見て痛みを和らげる薬を投与して帰ってもらいます"と言われたのだけど、すでに出産予定日を2日過ぎている状況などを共有した結果、ようやく入院できることに。

無痛分娩が無痛じゃなくなった件

諸所の手続きと検査を済ませたあと、ようやく病室に落ち着く。Kaiserというカリフォルニア州をカバーしているこの病院では、妊婦一人ずつに出産までできる病室があてがわれる。赤ちゃんが産まれたあとに寝かせる台や、パートナーが仮眠を取れるソファーベッドなどもあり、かなり快適。赤ちゃんとは出産後一度も離れることはないし、夫婦と赤ちゃんに完全なプライバシーが保たれる。赤ちゃんが夜泣きしてどうあやしてよいかわからなくても、看護師が飛んできて色々なアドバイスをくれるのもありがたかった。

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病室の様子

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赤ちゃんを置く台

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病室の窓からEvernoteの本社が見えた

入室したらすぐに麻酔を打てるのかと思いきや、陣痛間隔がもっと短くなるまで待たないといけないらしい。というのも無痛分娩の副作用として痛みがなくなることで陣痛間隔が延びて、出産態勢に入るまで時間がかかってしまうからなのだ。そんなわけで実際に麻酔が投与されたのはそこから4、5時間後、朝9時ごろだっただろうか。この間、出産に立ち会う予定の助産師や看護師が挨拶にやってくる。アメリカの助産師はmidwifeというが、大学院を出た出産の専門医で、最後赤ちゃんや胎盤を子宮口から引っ張り出して傷口の縫合するまで全てを取り仕切る。

麻酔が効き始めると、奥さんもほっとしたようだ。どんな感じなのか聞くと、陣痛の収縮は感じるけど、痛みはほとんどないらしい。そんな感じで4時間ほどは食事をしたり、睡眠をとったりゆっくりした時間を過ごせた。定期的に助産師がやってきて、子宮口の開き具合と陣痛の頻度(これはモニターされている)を確認しては帰っていく。自分もmacを持ち込んでコードを書いていた。

異変が訪れたのはお昼すぎのことだ。奥さんが痛いと悲鳴を上げだした。腰から通した麻酔の点滴は医療機器に接続されており、コントローラーに接続されていて妊婦がボタンを押すとさらに麻酔薬を追加できる。そのボタンを何度か押して麻酔の量を増やしてみたものの、効果がないらしい。麻酔医がやってきて、さらに別の麻酔薬を追加。また、案の定陣痛間隔が縮んでいないので、陣痛促進剤も投与された。こういうとき旦那としては不安だけど表情に出してしまうと奥さんも不安になるので医者を信じて見守るしかない。

14時半過ぎになり、もはや通常の分娩と同じ位の痛みで奥さんは泣き叫んでいるので、脊髄に射した注射を付け替えることになった。赤ちゃんの移動により麻酔が効いていない部位が出てきてしまうケースはまれにあるらしい。麻酔の注射とはいえ脊髄なので、本当の手術のようにブルーシートを広げて青い服を着た麻酔医が付け替えを行う。付け替えが終わって横になる奥さんに、子宮口を確認するために看護師がやってきた。股の間でしばらく手をごそごそして"おっ"とした表情に。 "it's ready!"

人手不足で旦那、出産に駆り出される

赤ちゃんは満月や新月の時期に産まれやすいという話がある。実際引力なんかが影響しているらしい。それが関係しているのかわからない。病室のドアが開いて別の看護師がやってきた。

"3 babies are coming!"

他の病室でも同時多発的に産気づいたらしい。しかもタイミングが悪いことに、15時はちょうど看護師のシフトが変わる時間だ。みんながにわかにバタバタし始めた。こっちも "ここで看護師さん変わるのか、っていうか助産師さん間に合うのか?" と気がやきもきする。

そんな状況でドアをバンと開けて入ってきたのは、映画「ラピュタ」に出てくるドーラを少し若くして、金髪にして、ほっそりさせた感じの看護師だった。頭に虎柄のヘアバンドをしている。化粧もバッチリ。ガムをくちゃくちゃかんでいる。最初の印象は "えっ、この人大丈夫?" だった。名札にAJと書いてある。

AJ "First baby?"

自分 "Yes"

AJ "Boy? Girl?"

自分 "Girl"

AJ "I have 3 girls. It's amazing"(ガハハと笑う)

それが初めての会話だった。どこのなまり?なのかわからないのだけど、"you"を"ya"と発音するちょっとヤンチャな話し方をする人だった。
前任の看護師が引き継ぎの情報を連携して部屋から出ていくと、奥さん、自分、AJの3人になった。助産師は別の妊婦にかかりきりなのかまだこない。AJはベッドの前に大股で立つと、いまだ痛みでもがいている奥さんを見据えて手をパンと叩いた。

"Let's get started!"

その声に触発されたのか奥さんもカッと目を見開いたのでびっくりした。ベッドは出産もできるように脚の固定台もついている。奥さんに脚を開かせるとAJは奥さんの左脚を固定台に載せつつ抱え、こっちにも右脚を抱えるように指示を出してきた。わけも分からず脚を抱え込むやいなや、陣痛のタイミングに合わせて、奥さんに"Push!"と檄を飛ばし始めた。え、3人で出産始めちゃうの??

奥さんもこれまでみたこともない集中した表情で踏ん張り始めた。

2度3度と陣痛のたびに踏ん張っていると、開いた子宮口から液体と一緒に真っ黒いものが見えてきた。固まった血かと思ったら、なんとこれが頭らしい。髪の毛がすごく生えているらしい。もう全く見たこともない状況で、現実感がなかった。

とにかくAJの檄がすごい。"さあ、もういっちょいくよ!準備しな!" と完全にこの状況を制圧しているのだ。こっちの抑える手がゆるもうものなら、"Dad, hold it tight!" と怒鳴られる。奥さんはただただ一点も見つめながら踏ん張り、自分は奥さんの脚をかかえながら、赤ちゃんの頭が出てくる様子を"がんばれがんばれ"と日本語でつぶやきながら眺めていた。

いよいよ頭が半分出かかった段階で、バタバタと助産師がやってきた。ここからはあっという間だった。助産師が頭を回転させながらそっと引っ張ると顔が出てきた。最後のひと踏ん張りとともに首を引っ張ると、小さな体がするんと出てきた。

15時44分。娘が産まれた瞬間だ。

産まれたての娘は奥さんの胸元にぽんと置かれ、まもなく泣き出した。産まれる一部始終を見ていたからか、産声を上げた瞬間から涙が止まらなかった。最後まで頑張った奥さんと無事に産まれてきてくれた赤ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいになった。"ありがとうありがとう"と泣きながらへその緒を切ったのでへその緒がゴムホースより固くて切りにくかったことしか覚えてないし、胎盤も見過ごしてしまった。


そんなこんなで、娘は無事に世界にやってきた。初めての出産ということで、病院にも2日間宿泊した。滞在中はAJが何かにつけて我々夫婦と赤ちゃんの面倒をみてくれた。仕事はチームや会社に便宜を図ってもらって、在宅で50%位のワークロードで続けている。*1まだまだ育児はわからないことだらけだけど、毎日新鮮な発見や変化があって、楽しくやっている。

*1:育休は制度的には取れるけど、選ばなかった